Chronology

1978 18-19歳

弘前高等学校卒業。東京造形大学彫刻科に合格するも、入学手続は行わず、しばらくロック喫茶で過ごす。
時を同じくして、彫刻科教授の岩野勇三から「美大に行く行かない、浪人するしない、どっちにしても一度会いに来なさい」と言われ、青森から大学へ面会に行く。校内を見学し、美大生たちの真剣な創作姿勢に触発され、もともと志望していた油画科へ進学したいと思いを新たにする。
最終的に、東京造形大学には進学せず、上京して美大受験向けの予備校に通う。建設現場などでアルバイトをしながら、受験の準備に励んだ。
予備校で知り合った北海道十勝出身の友人から、画家・神田日勝の存在を教わり、関心を持つようになる。神田は東京出身だったが、東京大空襲を機に北海道鹿追町へ定住疎開した。独学で描いた油彩画と農業を両立させながら、日常に向き合った画風で知られている。

出典

  • 奈良『ちいさな星通信』p.20
  • 『疾駆』9号、pp.62-63
  • 奈良「半生(仮)」『ユリイカ 総特集*奈良美智の世界』p.237
上京後、画材店の前で

社会の出来事

1978
  • 4月、アフガニスタンで四月革命。人民民主党政権が成立。5月、千葉県成田市に新東京国際空港(現成田国際空港)が開港。8月、日中平和友好条約調印。