Chronology

2012 52-53歳

半年間にわたる愛知県立芸術大学での滞在制作を終え、4月に那須のアトリエに戻る。東日本大震災の発生後、自分が果たすべき役割について考え続けていた。奈良は、夏に予定されていた横浜美術館での個展について、集大成的な構想を白紙に戻し、社会とのつながりを意識した内容へと再構築した。
横浜美術館で、新作個展「君や 僕に ちょっと似ている」が開幕する(翌年にかけて青森県立美術館、熊本市現代美術館へ巡回)。新作の絵画に加え、愛知で初めて制作したブロンズ彫刻も展示され、奈良が持てる力のすべてを注ぎ込んだ展覧会となった。
同展に出品された《春少女》は反原発運動のアイコンとして用いられ、集会場にバナーとして掲げられたり、脱原発をテーマにした音楽イベント「NO NUKES 2012」のガイドブック『NO NUKES 2012:ぼくらの未来ガイドブック』(小学館スクウェア)のカバーを飾った。
一時期、奈良は作品を制作するには社会と距離を置くべきだと考えていた。しかし、この展覧会を経て、すべての人に向けて作品をつくる必要はないものの、自分が社会の一員であるという意識を持つことが大切だと考えるようになっていった。
個展「青い森の ちいさな ちいさな おうち」が十和田市現代美術館(青森)で開催。美術館の建物の外壁に大規模な壁画《夜露死苦ガール 2012》を制作。同展に連動した「青い森のちいさな美術部」プロジェクトを企画し、公募で選んだ若手アーティストらの作品展「森をぬけて。」を地元商店街の協力を得て開催した。
『美術手帖』10月号で感性に響いたレコードジャケットについて奈良自身が解説する連載「10代の頃、僕はレコードジャケットで美術を学んだ。」が始まる(2012年10月号から2015年6月号まで全33回)。
この年から、東北で開催されているロックフェス、ARABAKI ROCK FEST. にDJやスライドショーで参加。フェスでのグッズ制作をきっかけに、東日本大震災で被災した子供たちを支援するグッズの制作を始める。

出典

  • 加藤、宮村「語り下ろし・25000字インタヴュー:奈良美智、全活動を振り返る」『奈良美智完全読本 美術手帖全記事 1991-2013』pp.463-465
  • 加藤磨珠枝(聞き手)「奈良美智 ロングインタビュー」『美術手帖』美術出版社、64(973)、2012年、pp.34-41
  • 内田伸一(聞き手)「奈良美智をブロンズに導いたいくつかの変化」『美術手帖』美術出版社、64(973)、2012年、pp.60-61
  • 奈良美智「塑像を振り返って」『美術手帖』美術出版社、64(973)、2012年、pp.64-67
  • 奈良「半生(仮)」『ユリイカ 総特集*奈良美智の世界』p.253
  • クーン、河野『終わらないものがたり』pp.253-270, 302-304

社会の出来事

2012
  • 6月、反原発デモが首相官邸前で拡大。7月、関西電力大飯原発3号機が震災後初の再稼働。12月、第2次安倍内閣が発足。